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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)444号 判決

原告 宮城建設株式会社

右代表者代表取締役 菊池利夫

右訴訟代理人弁護士 徳満春彦

右訴訟復代理人弁護士 酒向徹

被告 毛利恒治

右訴訟代理人弁護士 前田茂

被告 株式会社住宅総合センター

右代表者代表取締役 原秀三

右訴訟代理人弁護士 石黒武雄

同 山本眞弓

同 中田順夫

右石黒武雄訴訟復代理人弁護士 生山龍子

同 岩瀬勇

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告毛利恒治は原告に対し、別紙物件目録一、二記載の各建物についてなされた別紙登記目録一記載の各登記の抹消登記手続をせよ。

2. 被告株式会社住宅総合センターは原告に対し、別紙物件目録一、二記載の各建物についてなされた別紙登記目録二1ないし3記載の各登記の抹消登記手続をせよ。

3. 訴訟費用は被告らの負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

(被告毛利恒治及び被告株式会社住宅総合センター)

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は建築請負等を業とするところ、訴外株式会社片岡工務店(以下「片岡工務店」という。)との間で、昭和六〇年五月二八日、原告が被告毛利恒治(以下「被告毛利」という。)の所有地である別紙物件目録三記載の土地上に同目録一、二記載の各建物(以下「本件建物」という。)を建築するという請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。本件請負契約の内容は次のとおりである。

工事内容 共同住宅二棟新築工事

工事場所 厚木市下荻野字子合五四九-二

工期 昭和六〇年五月一〇日から同年八月一五日まで

請負代金 三六〇〇万円

請負代金支払い方法 契約成立時に一〇〇〇万円、その後一三〇〇万円宛二回払い

検査時期及び方法 原告は工事完了後、監理技師の検査を求め、原告の立会いのもとに検査を行う

建物の引き渡し時期 右の検査合格後に行う

2. 右工事は、片岡工務店の都合で同年六月二三日から開始されたが、原告は棟上時に工事代金として額面一三〇〇万円の片岡工務店振出の約束手形を受領したものの、片岡工務店は同年一〇月一一日に倒産したため、右手形は不渡りとなり、まったく代金を受領できなかった。したがって、原告は建築材料全部について自ら負担して施工した。なお原告は片岡工務店に対して引き渡しをしていない。

3. ところが、本件建物について、被告毛利は、別紙登記目録一記載のとおり、自己名義に保存登記をなし、また被告株式会社住宅総合センター(以下「住宅総合センター」という。)は、別紙登記目録二1ないし3記載のとおり、所有権移転請求権仮登記及び抵当権設定登記をなしている。

よって、原告は被告毛利及び住宅総合センターに対し、所有権に基づいて本件建物についての別紙登記目録一、二1ないし3記載の各登記の抹消登記手続をなすことを求める。

二、請求原因に対する認否及び主張

(被告毛利)

1. 請求原因1のうち、原告が建築請負等を業としていることは認め、その余は知らない。

2. 同2のうち、片岡工務店が昭和六〇年一〇月一一日倒産したことは認め、その余は知らない。また、本件請負契約は建設業法違反の一括下請であり、下請業者である原告はたとえ建築材料全部を自ら負担して施工したとしても、目的建物を原始的に取得することはない。

3. 同3のうち、被告毛利及び住宅総合センターが本件建物について同記載の各登記を有していることは認め、その余は知らない。

4. 被告毛利は片岡工務店との間で、昭和六〇年五月三〇日、本件建物の建築請負契約(以下「本件元請契約」という。)を締結し、その工事代金四四〇〇万円全額を支払い、同年九月六日、本件建物の引き渡しを受けて所有権を取得し、同月一二日、所有権保存登記をなしたのである。なお、右引き渡し当時、本件建物は電気・水道工事等一部の工事が未了であったが、全体としては残工事というものであった。

(住宅総合センター)

1. 請求原因1、2は知らない。

2. 同3のうち、被告毛利及び住宅総合センターが本件建物について同記載の各登記を有していることは認め、その余は知らない。

三、抗弁

(被告毛利)

1. 原告及び片岡工務店は、本件請負契約において本件建物の所有権は原始的に片岡工務店に帰属させる旨の合意をなしていた。すなわち、本件請負契約には、片岡工務店は随意に又は原告の債務不履行に基づき契約を解除した場合には建物建築工事の出来形部分は片岡工務店の所有とする旨の規定があり、また片岡工務店が本件請負代金の支払いを遅延しているときは原告は本件建物の引き渡しを拒むことができ、原告が自己の物と同一の注意をして管理してもなお目的物に生じた損害は片岡工務店の負担とし、本件建物引き渡しまでの管理費用は片岡工務店の負担とする旨の規定もあり、代金の支払い方法についても、契約成立時及びその後二回払いの計三回払いとされ、建物完成時には支払いをする必要がないようになっており、本件建物完成までにすべて代金が支払い済みになる旨の規定があることなどから、原告と片岡工務店間では、本件建物を原始的に注文者の片岡工務店に帰属させる旨の合意があった。

2. 本件請負契約には、本件建物の所有権を注文者である片岡工務店が原始的に取得しうる特別な事情がある。

(一) 被告毛利は片岡工務店に対し、本件元請契約(なお、本件建物の建築確認申請は、被告毛利を建築主としてなされている。)に基づき、昭和六〇年六月五日に三〇〇〇万円を、同年九月二五日に残金をそれぞれ支払い、同年九月六日ころ片岡工務店から所有権移転の趣旨で本件建物の引き渡しを受け、同月一二日本件建物の保存登記を自己名義でなしており、占有もなしている。

(二) 本件請負契約は建設業法二二条により禁止されている一括下請である。

(三) また、被告毛利は片岡工務店の取締役であったが、これは名目上のものであり、営業には一切関与したことはなく、本件元請契約についても専ら片岡工務店との間で折衝をなし、本件建物の工事については原告又はその担当者との交渉をもったこともなかったので、原告及び片岡工務店間の本件請負契約及びこれに基づく原告の本件工事については、これが締結されていること及び原告が工事をなしたことについてはなんら認識していなかった。

(四) 原告は片岡工務店から、本件請負契約の代金の支払いのために手形の交付を受けたが、これを第三者に裏書交付し、しかも右手形を買い戻していないから、実質的に請負代金を回収している。

(五) 仮に、右手形が不渡りになり、原告が右請負代金を回収できなかったとしても、原告と片岡工務店との間には、原告の代表取締役菊池利夫と片岡工務店の代表取締役片岡俊作とは一八年来の知り合いであり、片岡工務店は右菊池が他に経営する板金の会社と継続的に取引するなど、従前から取引及び交友関係があり、しかも、原告は片岡工務店から、以前にも建て売り住宅の建築を請け負い、また手形割引などで片岡工務店の資金繰りの面倒を見るなど継続的な協力関係にもあったから、単に一時的な元請・下請という以上の協力関係があり、原告は片岡工務店の経営状態を十分把握し、又は把握しうる立場にあったというべきであり、両者がこのような関係にある以上、原告が、本件請負契約の約定によれば請負代金は本件建物の完成まで三回に分けて支払いを受けられるのに、これに従った支払いを受けることなく、支払い時期を大幅に延期した手形を受領したまま、しかもその回収の手段を講じることなく、漫然工事を進めたことは、代金回収不能について自ら招いた責任であるというべきであり、その危険を被告毛利に転嫁することは許されない。

3. 本件請負契約には、片岡工務店は随意に契約を解除することができ、解除した場合はその時点の出来形部分を片岡工務店の所有とする旨の約定があり、被告毛利は片岡工務店に対し、本件元請契約に基づき本件建物の引き渡し請求権を有するから、被告毛利は片岡工務店に代位して原告に対し、本件第一三回口頭弁論期日において、本件請負契約を解除した。

4. 原告の被告らに対する本件請求は、右2(一)ないし(五)に記載したような事実関係及び次に述べる点からすると、信義則に反し又は権利濫用であって許されない。

すなわち、被告毛利は本件元請契約に基づき、請負代金を片岡工務店に対して支払い済みであり、下請である原告に対してなんらの名目を問わず金員支払いの法的義務はないにもかかわらず、原告の本件請求が認められれば、被告毛利は原告に対して事実上代金相当額を支払うことを余儀なくされ、これを拒めば、自己所有地上になんら利用権原のない原告の所有建物が存在することになるという事態になる。

(住宅総合センター)

1. 被告毛利の抗弁1ないし3と同旨

2. 原告の住宅総合センターに対する本件請求は信義則に反し又は権利濫用により許されない。その理由は次に付加するほかは被告毛利の抗弁2(一)ないし(五)に記載されている事実関係と同じである。

すなわち、原告の片岡工務店に対する本件請負代金を確保するために、不動産工事の先取特権及び留置権があるが、原告は工事に先立って先取特権の登記をしていないし、また本件請負契約は建設業法違反の一括下請であるから、本件建物及びその敷地を占有していたとしても、それは不法行為によって始まった場合に該当するので、留置権は認められないのであり、結局原告には土地利用権はなく、このような原告が、たとえ本件建物の所有権を有していたとしても、正当な手続を経て貸付金交付と引き換えに抵当権を設定した善意の住宅総合センターに対し、その抵当権を覆すような権利行使をすることは許されない。

三、抗弁に対する認否及び主張

1. 被告毛利の抗弁について

(一)  抗弁1のうち、本件請負契約に被告毛利が指摘するような約定があることは認めるが、原告及び片岡工務店間に本件建物の所有権を原始的に片岡工務店に帰属させる合意が存在したことは否認する。

(二)(1)  同2(一)のうち、被告毛利が本件建物について昭和六〇年九月一二日に被告毛利名義で保存登記をなしたことは認め、被告毛利が本件建物を占有していることは否認し、その余は知らない。

(2) 同2(二)は否認する。

(3) 同2(三)のうち、被告毛利が片岡工務店の取締役であったことは認め、その余は知らない。

(4) 同2(四)のうち、原告が片岡工務店から本件請負契約代金の支払いのために手形の交付を受けたことは認め、その余は否認する。

(5) 同2(五)のうち、原告代表取締役菊池利夫と片岡工務店代表取締役片岡俊作との関係及び原告が片岡工務店に対する資金援助をなしたことは認める。しかし、原告は片岡工務店から受領した本件請負契約の代金支払い手形はいずれも不渡りになったばかりか、その他割り引いた融通手形も不渡りとなって一〇〇〇万円もの損害を受けている。そして、原告が片岡工務店から請負った本件以外の建物についてはすべて片岡工務店倒産後、建物の買主(なお、原告と片岡工務店との間の契約は請負契約であるが、被告毛利と片岡工務店との間のは建物売買であり、請負契約ではない。)との間で、再度請負契約を締結し、工事を続行するなどして請負代金の回収及び建物の引き渡しを終えており、本件については被告毛利が工事完成前に一方的に保存登記したことから右の処理ができなくなったのである。また、被告毛利は片岡工務店の取締役であり、片岡工務店との請負契約は商法二六五条一項の自己取引に該当するから、取締役会の承認がない限り本来無効であり、それゆえ、たとえ被告毛利が片岡工務店に対して請負代金を支払ったとしても無効である。

(三)  抗弁3のうち、被告毛利が片岡工務店との間で、本件建物の請負契約を締結したこと及び被告毛利が本件建物に保存登記をなしたことは認め、被告毛利と片岡工務店との請負契約代金は知らない。その余は否認する。また、原告及び片岡工務店間の本件請負契約は、片岡工務店が随意に契約を解除しうるのではなく、ただ、工事の続行が期待できない諸事情がある場合に双方の合意で契約を解除して清算しうることが規定されているだけである。さらに、仮に片岡工務店が原告に対し、随意に本件請負契約を解除しうるとしても、それは工事中に限られており、本件建物の工事は既に終了しているから、片岡工務店は解除をなしえない。さらに、右解除の行使は、それにより生じる原告の損害を賠償することが要件となっているのに、原告に対し損害賠償の履行の提行すらないから、解除をなしえない。

なお、本件建物は、昭和六〇年九月一二日当時、木工事及び屋根工事は終了していたが、電気・水道工事、建具・内装工事等は未了であり、工事は未完成であったので、原告は片岡工務店及び被告毛利のいずれに対しても、いまだ引き渡していなかった。しかし、片岡工務店は、保存登記をなすのに必要な「建築工事完了引渡証明書」を勝手に作成し、被告毛利はこれを用いて本件建物の表示登記及び保存登記をなしたのである。

(四)  抗弁4については否認する。

2. 被告住宅総合センターの抗弁について

被告毛利に対する認否と同じ。また権利濫用又は信義則違反の点は否認する。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、原告及び被告毛利間においては、原告が建築請負等を業としていること、片岡工務店が昭和六〇年一〇月一一日倒産したことは争いがなく、原告、被告毛利及び住宅総合センター間においては、被告毛利及び住宅総合センターが本件建物に別紙物件目録一、二1ないし3記載の各登記を有していること、原告が片岡工務店の取締役であったこと、原告の代表取締役菊池利夫と片岡工務店の代表取締役片岡俊作とは一八年来の知り合いであり、片岡工務店は右菊池が他に経営する板金の会社と継続的に取引するなど、従前から取引及び交友関係があり、しかも、原告は片岡工務店から、以前にも建て売り住宅の建築を請負い、また手形割引などで片岡工務店の資金繰りの面倒を見るなどしていたこと、原告が片岡工務店から本件請負契約代金の支払いのために手形の交付を受けたことは争いがない。

右当事者間に争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

1. 被告毛利は自己所有地である別紙物件目録三記載の土地上に、共同住宅二棟を建築することを計画し、昭和六〇年五月ころ、片岡工務店との間で、請負代金を四四〇〇万円とし、契約成立時に一四〇〇万円、中間に一五〇〇万円、完成引き渡し時に一五〇〇万円を支払う旨の本件元請契約を同月三〇日付けで締結した。

2. そして、被告毛利は片岡工務店に対し、昭和六〇年六月五日、住宅総合センターから借り入れた金員をもって右代金のうち、三〇〇〇万円(なお、これは全額が右代金に充てられるのではなく、その当時本件土地に既に設定されていた、片岡工務店を債務者、相模原信用組合を債権者とする抵当権を抹消するために一部用いられた。)を支払い、同年九月二五日、同じく住宅総合センターからの借り入れ金で一六〇六万七九八〇円を片岡工務店を被告毛利の代理受領者として住宅総合センターから直接片岡工務店に支払わせる方法により支払い、右代金全額の支払いを終えた。

3. ところで、片岡工務店は原告に対し、右工事を一括して請負わせることとし、同月二八日付けで原告との間で、工事名を「毛利邸共同住宅新築工事」とし、請負代金を三六〇〇万円として、契約成立時に一〇〇〇万円、残額を一三〇〇万円宛二回払いとする旨を約した契約書を作成した。なお、片岡工務店は、原告との本件請負契約については、事前にも事後にも被告毛利には話さず、したがってその承諾を得てはいなかった。

しかし、片岡工務店は原告に対し、右代金については本件建物に対するローン契約が成立してローン金が入金した時点で代金を支払う旨申し述べ、原告が右代金の支払いを受けるまでの間の材料代金すべてを負担することになることを懸念するので、原告の負担する材料費を保証するために契約成立時に額面五〇〇万円の片岡工務店振出の手形二通を交付することとし、現金が片岡工務店に入金すれば直ちに右手形と引き換えに支払うが、それまでに銀行に対して手形割引に回してもよいこととした。

ところが、原告が右手形を銀行に回したところ、その期限である昭和六〇年一〇月一一日に片岡工務店の代表者である片岡俊作から期日に右手形が資金不足で不渡りになるから金員を貸して欲しい旨の連絡があり、原告が片岡工務店が倒産すると本件請負契約等の請負代金がまったく回収できなくなるため、原告代表者である菊池利夫はその妻に五〇〇万円を片岡工務店に届けさせたが、片岡俊作はこれを受け取りながら銀行に振り込まぬまま行方不明になり、片岡工務店は同日二回目の不渡り事故を発生させて倒産した。

4. なお、原告の代表取締役菊池利夫と片岡工務店の代表取締役片岡俊作とは一八年来の知り合いであり、片岡工務店は右菊池が他に経営する板金の会社と継続的に取引するなど、従前から取引及び交友関係があり、しかも、原告は片岡工務店から、以前にも建て売り住宅の建築を請負い、また手形割引などで片岡工務店の資金繰りの面倒を見るなどしていた。

5. 原告は本件土地上に、昭和六〇年六月後半ころから、樹木の伐採等をなして造成・整地工事をなし、同年七月六日ころには基礎工事を終え、同月一一日ころに一棟の棟上を、同月一五日ころにもう一棟の棟上をなし、同年九月中旬にプロパンガスの工事、軒の樋工事、電気器具の取り付けをなし、同年九月下旬から一〇月初めころに外回りの排水工事をなし、同月中には工事のすべてを終了させるという工事工程計画を立て、ほぼこれに沿って工事を進めたが、右のとおり、片岡工務店が不渡りを出したため、同月一五日ころ工事を中止し、本件建物に施錠をなし、以後そのままにしていた。

なお、同年九月一二日ころの工事の状況は、二棟とも土台、床、外壁、内壁、屋根等はでき、外壁は下塗りは終わり仕上げ段階であり、一棟の方はほぼそれも終わっていたが、もう一棟の方は階段部分の塗装が終了しておらず、二棟とも軒の樋の取り付けは終了していなかったため建物の外側には足場が組んであるものの、窓のサッシは取り付けられていた状態であり、また、水道工事及びプロパンガス工事は建物内部の配管は終わっていたが、外回りの給水・排水の配管及びガス配管は未完成の状態であり、電気工事は既になされて配線も終わっていたが、器具の取り付けは終了していないという状況であり、建具類はふすま・障子が搬入されているところとそうでないところとがあり、床のクロス貼りは一棟ではほぼ終わり、もう一方ではまだ終わっていなかったが、台所には、流し台も搬入されていたものの、取り付け・設置は完全ではなかったという状態であった。

6. 片岡工務店は土地家屋調査士である杠隆志に対し、昭和六〇年九月三日ころ、本件建物について被告毛利名義で表示登記をすることを依頼し、建築確認通知書、片岡工務店発行の工事完了証明書、被告毛利の住民票、委任状等を杠隆志に交付したが、同人は建築確認申請に記載された工事完成予定日がまだ到来していなかったため、自ら本件建物を調査することとし、現地調査の結果、本件建物については表示登記がなしうる程度に完成しているものと判断したうえ、本件建物の表示登記を申請し、これが受理され、別紙登記目録一記載の登記がなされた。次いで、前記のとおり、住宅総合センターが被告毛利に融資するに際して、右当事者間で同目録二1ないし3記載の各登記がなされた。

以上のとおり認められ、原告代表者菊池利夫本人尋問の結果中、これに反する部分は借信しがたく採用しない。他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

二、請負人が自ら材料を提供して建物を完成した場合には、請負人と注文者との間に特段の合意があり、又は当事者間において特段の事情があって、当事者間において黙示の特段の合意等があると認められるような場合でない限り、その建物の所有権は請負人に帰属し、注文者は請負人から右建物の引き渡しを受けて初めてその所有権を取得するものと解すべきである。これは、請負人が下請人に対して一括下請をなした場合における、注文者、請負人及び下請人間における関係でも基本的には同様であると解するのが相当である。

しかしながら、注文者の承諾のない一括下請契約がなされたような場合には、注文者と下請人との間には直接の契約関係が存在せず、また下請人に所有権を認めることが下請工事代金を確保するという意義を有しているものの、通常元請負人と下請人とは同業の建設業者であるという関係にあって、注文者とはその立場を異にしており、右代金回収の危険を格別落ち度のない注文者に転嫁させるのは妥当でないことなどから、直ちに右同様に解することはできず、当事者間における右代金の支払い状況、それに至る過程等の事情及び建設業法などの趣旨をも比較検討して判断するのが相当である。

したがって、右の見解により以下、判断することとする。

まず、前記認定事実によれば、本件建物は、被告毛利に対する別紙登記目録一記載の登記がなされた昭和六〇年九月一二日当時、既に未完成ながらもそれぞれ一個の建造物として存在するに至っていたものと認められ、これに反する証拠はない。

そこで、右時点における本件建物の所有権の帰属について検討する。

ところで、本件請負契約には、片岡工務店は随意に又は原告の債務不履行に基づき契約を解除した場合には建物建築工事の出来形部分は片岡工務店の所有とする旨の規定があり、また片岡工務店が本件請負代金の支払いを遅延しているときは原告は本件建物の引き渡しを拒むことができ、原告が自己の物と同一の注意をして管理してもなお目的物に生じた損害は片岡工務店の負担とし、本件建物引き渡しまでの管理費用は片岡工務店の負担とする旨の規定もあり、代金の支払い方法についても、契約成立時及びその後二回払いの計三回払いとされ、建物完成時には支払いをする必要がないようになっており、本件建物完成までにすべて代金が支払い済みになる旨の規定があることは、当事者間に争いがない。しかしながら、これらの規定はその内容から明らかなように、本件建物の完成又はその引き渡しまでに、原告及び片岡工務店間において本件請負契約の履行に関してなんらかの紛争が生じた場合に、その処理が円滑に行われるように右の各場合について疑義のないように合意されたものであり、右紛争には本件のような場合も含まれるものの、これらの規定が直接原告及び片岡工務店間において、本件建物の完成と同時に原始的に片岡工務店の所有になる旨をも規定したものとまでは認めることはできず、他に右合意の存在を認めるに足る証拠はない。

しかしながら、前記認定事実によれば、原告がすべての材料を提供して建築したのであるが、一方、原告及び片岡工務店間の本件請負契約は注文者である被告毛利の承諾を得ていない一括下請であり(なお、被告毛利が、片岡工務店との本件元請契約の後、原告及び片岡工務店間において本件請負契約が締結され、これに基づいて原告が本件建物の建築をなしていることについて、これを知り、しかも、このことを容認していたというような事情があったことを認めるに足る証拠はない。)、これは建設業法二二条に違反していることが認められ、このことは、本件請負契約は原告と片岡工務店との間では無効とまではいえないものの、原告は本件元請契約の注文者である被告毛利に対する関係では、片岡工務店との本件請負契約についてはこれを直接主張できないこと、また前記認定事実によれば、被告毛利は片岡工務店に対する本件元請契約に基づく代金については、昭和六〇年六月五日に三〇〇〇万円を、同年九月二五日に残額を支払い、結局全額支払い済みである(なお、原告は、被告毛利は片岡工務店の取締役であったから、たとえ本件元請契約の代金を支払ったとしても、本件元請契約そのものが商法二六五条に規定されている、会社と取締役との利益相反行為に該当するから、右代金の支払いは無効であると主張するが、原告代表者本人尋問の結果によれば、原告は被告毛利が片岡工務店の取締役であることを知ったうえで、本件請負契約を締結していることが認められ、しかも同条は取締役と会社との利害が相反する場合に取締役個人の利益を図り、会社に不利益な行為がみだりに行われないようにこれを防止しようとするものであるから、片岡工務店と本件請負契約を締結したに過ぎない原告の方から、その無効を主張することはそもそも許されないというべきである。したがって、その余の点を判断するまでもなく、右主張は採用できない。)のに対して、原告は片岡工務店から本件請負契約の代金をまったく回収できなかったが、これは原告代表者である菊池利夫が片岡工務店の代表者である片岡俊作と個人的に交友関係を有していたことなどもあって、片岡工務店の支払い能力について過度に信用していたため、その支払いを確保する手段を格別取らなかったためであると認められること、そして、前記認定事実によれば、片岡工務店は土地建物調査士の杠隆志に対し、昭和六〇年九月三日ころ、本件建物について被告毛利名義の表示登記をすることを依頼して、建築確認通知書、片岡工務店発行の工事完了証明書、被告毛利の住民票、委任状等を同人に交付し、同人はこれらを用いて右登記申請手続をなし、同月一二日に右登記がなされたことが認められるのであるから、片岡工務店は被告毛利に対し、同月三日ころ、遅くとも同月一二日ころには本件建物の所有権を移転する旨の意思を明らかにしたものというべきであり、右時点もしくは右杠の申請に基づいて本件建物について表示登記がなされた時点において、片岡工務店及び被告毛利間においては本件建物の所有権は被告毛利に帰属したものと認められることなどからすると、注文者である被告毛利に対してその承諾を得ることなく片岡工務店から一括下請を受けた原告は、自ら材料を提供して本件建物を建築したからといって、注文者である被告毛利に対してその代金請求をなしえないことはもとより、本件建物の所有権を主張することもできない(これを認めると、被告毛利は原告に対して本件請負契約の代金の支払いをせざるをえない結果になる。)とするのが相当である。したがって、本件事実関係のもとにおいては、片岡工務店が被告毛利に対して本件建物の所有権を帰属させる意思を明確にし、右当事者間においては被告毛利が右所有権を取得したものと認められる時点で、被告毛利、片岡工務店及び原告間においても、被告毛利が確定的に本件建物の所有権を取得したことになるとするのが相当である。

以上によれば、被告毛利は昭和六〇年九月一二日には本件建物の所有権を取得していたことになるから、その余の点を判断するまでもなく、原告の本件請求は理由がないことが明らかである。

三、よって、原告の本件請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 秋武憲一)

〈以下省略〉

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